近年、マレーシア・ジョホールバルとシンガポールをつなぐ大型プロジェクト「JS-SEZ(ジョホール・シンガポール特別経済区)」と「RTS Link(高速輸送システム)」が注目を集めています。
これらの開発が地域経済や不動産市場に与える影響は大きく、ジョホールバルにとって大きな可能性を秘めています。
本コラムでは、JS-SEZとRTS Linkが与えるジョホールバルの不動産価値への影響をはじめ、高所得者層やシンガポール就労者の生活拠点としての可能性、さらには国内の地域格差やマレーシア政府の対応など、多角的な視点でジョホールバルの今後の展望を考えてみたいと思います。
具体的なインフラ整備として注目されているのが、ジョホールバルとシンガポールを結ぶRTS Linkです。この鉄道が完成すれば、両都市間の移動時間が大幅に短縮され、イミグレーションは一箇所に集約されます。
QRコードによる往来も可能となり、約5分間の乗車でジョホールバルとシンガポールを行き来できるようになる予定です。
また、JS-SEZ内ではイスカンダル計画やフォレストシティといった都市開発が進行しており、その中にはテクノロジーパーク、物流センター、商業施設の開発が含まれています。これらの取り組みによって、ジョホールバルは単なる住宅地ではなく、ビジネスと生活の両方に適した地域として注目されるでしょう。
また、データセンター事業者などもこのような変化を享受すべくすでに動いています。
JS-SEZは、マレーシア国内外で注目を集めており、さまざまなメディアでも取り上げられています。以下の記事では、JS-SEZの重要性や日系企業の関心などが紹介されています。
今後、ジョホールバルの不動産価格の上昇は避けられないと思います。
ただ、ジョホールバルの現行価格はシンガポールに比べてかなり低いため、投資の余地はまだ十分にあります。
特にJS-SEZの発展が進む初期段階で購入すれば、資産価値が上がる可能性は高いと言えるでしょう。
現時点のJS-SEZの計画では、2030年までに主要なプロジェクトが完成する見込みです。ただし、規模が大きいので、段階的に進むと考えられます。
その間に、土地価格や開発エリアの変動を細かく観察することが重要です。世界的な経済の動きもありますので、余裕を持った見通しが必要になると思います。
現在、ジョホールバルとシンガポールの往来は、主にマレーシアからシンガポールに出稼ぎに行く人たちによるものが多いです。
RTS Linkの完成により、そうした出稼ぎ労働者の移動手段が、バイクやバスでの移動からRTS Linkに移行し、渋滞が緩和されると思います。
その結果、シンガポール人がジョホールバルにより来やすくなり、ジョホールバルでのショッピングやレジャーを楽しむケースが増えることが見込まれますが、ジョホールバルに「住む」という点については以下のようないくつかの要因が影響します。
シンガポールの高所得者層は、効率性や利便性を重視する傾向があります。ジョホールバルが今後高級住宅エリアとして開発され、質の高い教育機関、医療施設、ショッピング施設が充実すれば、彼らにとってより魅力的な居住地となっていく可能性があります。
マレーシアの生活費はシンガポールに比べて圧倒的に低いです。また、高所得者にとって魅力的な税制優遇措置などが導入されれば、住む選択肢として現実味を帯びてくると思います。
一方で、高所得者層が住むためには、安全性や周辺環境が大きな課題となります。現在のジョホールバルでは、シンガポールに比べて治安面での懸念が残りますが、高級住宅地の開発やガーデンシティのようなマスタープランが成功すれば、この懸念も和らぐでしょう。
さらに、シンガポールとジョホールバル間で「デュアル・シティ・ライフスタイル」を実現する人が増えると考えられます。つまり、日中はシンガポールで働き、週末や夜間はジョホールバルで過ごすという生活です。RTS Linkの便利さとコストの安さが、このライフスタイルを支える要因になると思います。
このように、インフラの整備や生活環境の質の向上、そして政策の後押し次第では、ジョホールバルに高所得者が住むようになることが期待されます。RTS Linkはその「第一歩」としての役割を果たしてくれるものと思います。
近年のシンガポールの物価上昇や賃料の高騰に悩む現地在住者は増えていると聞きます。
シンガポールの会社に所属し、Employment Pass(EP:就労ビザ)を保持しながら、ジョホールバルを生活拠点にするという選択肢は現実的には可能です。ただし、以下の点に留意が必要です。
EPを保持している人がジョホールバルに住む場合、法的な問題が生じる可能性があります。シンガポールのEPホルダーは、基本的にはシンガポールに滞在して働くことが前提とされています。
ジョホールバルで生活し、毎日シンガポールに通勤すること自体は可能ですが、マレーシア側での長期滞在に必要なビザ(MM2Hビザなど)を取得する必要があります。
RTS Linkが完成すると、ジョホールバルからシンガポールへの通勤が大幅に簡便化されます。現在のコーズウェイの渋滞が解消されれば、通勤時間は短縮されるでしょう。ただし、実際にどれだけスムーズに移動できるかは、RTS Link完成後の運用状況や利用者数に依存すると思われます。
ジョホールバルで生活することにより、シンガポールに住むよりもはるかに低コストで生活できます。家賃、食費、その他の生活費など、大幅に費用を抑えることができます。これにより、シンガポールでの給与をより効率的に活用できるでしょう。
ジョホールバルでの生活がシンガポールの生活水準と比較してどの程度満足できるかが重要です。現在、ジョホールバルはシンガポールほどインフラが整っているわけではありません。
しかし、新しいプロジェクトや開発が進むことで、生活の質は向上しつつあります。特に、高級住宅地やインターナショナルスクール、医療施設が増えれば、さらに魅力的になるでしょう。
最後に、シンガポール企業が従業員の居住地にどれほど柔軟性を持つかも重要です。現在、リモートワークの拡大により、従業員が国境を越えて生活するケースが増えていますが、シンガポール企業がこれを許可するかどうかはケースバイケースです。
また、ジョホールバルからの通勤に伴う時間やコストの問題について企業側の理解が必要になると思われます。
現在、ジョホールバルとシンガポールの賃貸価値には約7〜10倍の差があるといわれていますが、RTS Linkが完成し両国間の往来が進むと、賃貸価値の差はどれほど縮まるのでしょうか。
影響を与える大まかな要因としては以下が考えられます。
RTS Linkが完成すると、ジョホールバルからシンガポールへの通勤が非常に便利になり、その結果、シンガポールに住む必要がなくなる人が増えると思われます。このような需要の変化は、ジョホールバルの賃貸価格を押し上げる一因となります。
シンガポールの賃貸価格はすでに非常に高水準に達しており、短期間でさらに大幅に上昇するかというとその可能性は低いと思います。一方で、ジョホールバルの賃貸価格は、需要の増加に伴い徐々に上昇し、差が縮まっていくと考えられます。
ジョホールバルの不動産市場には、現在も広大な土地と新規開発の余地があります。この供給の柔軟性が、価格上昇を抑制する可能性があります。ただし、RTS Link完成による需要増が供給能力を上回る場合、価格上昇は顕著になるでしょう。
JS-SEZの開発が進むことで、ジョホールバルに新しい雇用やビジネス機会が生まれ、地元住民だけでなくシンガポール人や外国人の居住需要も増加します。これにより、賃貸価値が上昇し、差がさらに縮小すると考えられます。
上記の要因から、具体的な数字を予測するのは難しいながらも、賃貸価値の変化予測として以下のようなシナリオが考えられます。
このように、ジョホールバルの供給力とシンガポールの成熟したインフラを考慮すると、価格差が完全に消滅することはなく、3〜5倍の差が長期的には現実的な範囲だと思われます。
長期的にシンガポールとジョホールバルの不動産価値が上昇すると、ジョホールバルに住んでいる地元住民にとっては負担増となり住みにくくなる可能性があります。これは「ジェントリフィケーション(高級化現象)」と呼ばれる問題に繋がります。
この点については、いくつか考えられる、または既に考えられている政策がありますのでご紹介します。
マレーシア政府は、アフォーダブルハウジング政策を通じて、地元住民が手頃な価格で住宅を購入または賃貸できるよう支援しています。例えば、ジョホール州では「RMMJ(Rumah Mampu Milik Johor)」というプログラムがあり、特に低・中所得層向けの住宅を提供しています。
RTS LinkやJS-SEZの影響で高級住宅や商業施設の開発が進む一方、政府がこのようなプログラムを強化し、低価格帯の住宅供給を確保することが鍵となります。
ジョホール州政府は、一部の住民に対して賃貸補助や住宅購入の際の金融支援を提供しています。これにより、不動産価格の上昇が住民の生活を圧迫しないようにすることが目的となります。
また、住宅ローンに対する金利優遇や、頭金の一部を政府が負担するスキームも検討されています。
RTS LinkやJS-SEZのようなプロジェクトによって、ジョホールバル市内とその周辺の公共交通の整備も進むことが見込まれます。公共交通が整備されれば、ジョホールバル中心部だけでなく、周辺地域でも生活しやすい環境が整い、安価な交通手段としての選択肢が増えると考えられます。
シンガポールとジョホールバルの経済的関係が今後さらに良好に進展していった場合、マレーシアの首都であるクアラルンプールにも直接的または間接的な影響を与えるだろうと考えています。
ジョホールバルとシンガポールの関係強化により、南部マレーシア全体が経済的に活性化していくことに対抗して、クアラルンプールも国際的な投資を呼び込むための新しい戦略を取る可能性があります。
• 競争: ジョホールバルがシンガポールと連携して強力な経済圏を形成することで、投資がそちらに集中し、クアラルンプールが影響を受ける可能性があります。このため、クアラルンプールは新しいインフラプロジェクトや経済特区の設立を通じて競争力を維持する必要が出てきます。
• 連携: 一方で、マレーシア政府がジョホールバルとクアラルンプールを結ぶ経済的パイプラインをさらに強化することで、国全体での相乗効果が期待されます。例えば、クアラルンプールとジョホールバル間の交通インフラ(高速鉄道など)が再度注目されるかもしれません。
ジョホールバルとシンガポールが特定の産業(例えば、製造業、物流、観光業など)で強力な地位を築く一方で、クアラルンプールは異なる役割を担うことが求められるでしょう。
• 金融・商業ハブ: クアラルンプールは既にASEAN地域での金融ハブとしての地位を持っています。シンガポールとの直接的な競争を避けつつ、イスラム金融やテクノロジー関連のスタートアップ支援を強化するなど、専門性の高い分野での差別化が進む可能性があります。
• 文化・エンターテインメントの中心地: クアラルンプールの多様な文化や観光資源を活かし、文化・エンターテインメント産業をさらに発展させることで、他都市との差別化を図ることも考えられます。
ジョホールバルとシンガポールがより緊密になる中で、クアラルンプールとの連携を強化するためのインフラ整備が促進される可能性があります。
• 高速鉄道計画(HSR): クアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道計画が再浮上する可能性があります。これが実現すれば、クアラルンプールの経済圏がさらに広がり、ジョホールバルやシンガポールとの連携が強化されるでしょう。
• 航空路線の拡充: クアラルンプール国際空港(KLIA)がASEAN全体の航空ハブとしての地位を強化し、ジョホールバルやシンガポールを補完する役割を担うことも期待されます。
ジョホールバルとシンガポールの発展が顕著になる一方で、クアラルンプールを含む他の都市との地域格差が課題となる可能性があります。これに対応するため、政府はクアラルンプールを含む他の都市に対する投資を増やし、バランスの取れた国全体の発展を目指すことが考えられます。
JS-SEZとRTS Linkは、ジョホールバルの地域経済・不動産・ライフスタイルに大きな転機をもたらす起爆剤となると思います。
一方で、ジョホールバル住民への影響や各都市間のバランスにも目を配る必要があり、中長期的な視点での市場観察と、政府の的確な戦略立案が今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。引き続き、注目していきたいと思います。